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4. 連星中性子星の合体の数値シミュレーション

レーザー干渉計を用いた重力波観測装置の建設が計画されはじめたころから,そ の重要な重力波源である連星中性子星の合体の詳しい研究が始まった。合体の過 程は大きく分けて,次の3つのフェーズからなる。(1)2つの星が十分離れている場 合で,重力波によりエネルギーを失う時間スケールは公転周期に比べて十分長い, 準静的なフェーズ。(2)相対論的な効果と星に大きさがあるために連星の軌道が 不安定になって,2つの星が急速に接近しはじめるフェーズ。(3)2つの星が合体 して,ブラックホールになるフェーズ。数値相対論で,(1)のフェーズからはじ めて最後まですべて計算することができればいいのだが,これは非常に困難であ る。その最大の理由は,非常に計算時間がかかるということである。(1)から (2)までに,何周期も連星系が公転するのを追わなければならないので,これを 計算しようとすると,現在最も高速のスーパーコンピュータを使っても,何千時 間もの計算時間が必要になる。また,たとえそれだけの間スーパーコンピュータ を独占できたとしても,数値計算には必ず誤差が入ってくるので,長い時間ステッ プにわたって計算精度を維持することはきわめて困難である。そのため,3つの フェーズを別々に取り扱うことになる。(1)のフェーズで は,2つの星をほとんど質点と考えられ,また,一般相対論の効果もそれほど大 きくなく,星の速度vは光速度cの10分の1程度なので,アインシュタイン 方程式を(v/c)の巾乗で展開するという近似(ポスト・ニュートン近似)により, 解析的あるいは半解析的にかなり精密に重力波を計算することができる[7]。 (2)についても,2つの星がどこまで近づけば不安定になるのかとい うことが,ポスト・ニュートン近似などを用いた数値計算で調べられている[8]。 (1), (2)の計算で明らかになったことをもとに,(3)のフェーズ に対して完全に相対論的な数値シミュレーションを行うことになる。

数値シミュ レーションによる研究の先鞭を付けたのは,われわれ日本のグループである。た だし,当時最大のスーパーコンピュータを用いても,アインシュタイン方程式を まともに解く,空間的に3次の数値相対論の計算を行うことはとうてい不可能で あった。そこで,われわれは1980年代後半から90年代前半にかけて,重力場はニュー トン重力で,それに重力波放射の反作用などの一般相対論の効果による修正を加 えたものを用いた,ポストニュートン近似による数値シミュレーションを精力的 に進めた。ここでは,基本的計算法として有限差分法を 用いている。必要なメモリーを少なくするということを考えれば, SPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法を用いた方がいいかもしれないが,将 来の一般相対論的コードへの移行を考慮して,SPH法は用いなかった。 また,座標系は, これもメモリーのことを考えると,極座標を用いたいところであるが,極座標の 原点や軸上での座標特異点の取り扱いが,一般相対論的コードではきわめて困難 であるため,デカルト座標を用いた。計算規模は,約1GB(ギガバイト)のメモリー を使い,最高演算性能約2GFLOPSのスーパーコンピュータで,1つ当り100〜200時 間程度かかるものであった。 ポストニュートン近似による数値シミュレー ションの結果については,以前に報告したことがあるので[9], ここでは繰り返さないことにする。

1990年代半ばに,高エネルギー物理学研究所(KEK, 現高エネルギー物理学研究機構)や 国立天文台などに,ベクトル-並列型のスーパーコンピュータが導入され,それ を用いると一般相対論的な3次元数値相対論の計算を行うことが可能となってき た。現在,一般相対論的コードの作成中であるが,上で述べたように,基本的に は,有限差分法,デカルト座標系を用いている。国立天文台のスーパーコンピュー タ VPP300 では,1つの計算で最大 30GB近くのメモリーが使えるので, メモリーの点から言えば,有限差分法の格子点の数を,x, y, zの各方向 に400程度取ることが可能であるが,この規模で中性子星が合体をはじめて1つの ブラックホールになるまでを計算しようとすると,約500時間から1000時間かかっ てしまうことになる。そこで,今のところ,各方向に200程度にしている。これ でも十分細い格子を取っているようだが,先にも述べたように,重力波の計算に は十分遠方の重力場の変化を追う必要があるので,計算のはじめに中心付近にあ る中性子星は,その中心から表面までを10個以下の格子点で表現していることに なる。

3は, $1.5M_{\odot}$の2つの中性子星の合体についての一般相対論的なシミュレー ションの結果を示したものである。現状では,合体のごく初期の段階までしか追 えていない。というのは,図の最後では,合体した星の中心から表面までに 2, 3個の格子点しかないため計算精度が非常に悪くなっているためである。

  
Figure 3: 連星中性子星の合体。曲線は,x-y 面での断面の等密度面を, 矢印は速度を示す。
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\epsfxsize=.75\textwidth \epsfbox{rhoxx.eps}
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4は,放射される重力波を中心からいくつかの半径の球面上 r で 計算したものを遅延時間 t-r の関数として示したものであるが,曲線がほぼ 重なって表示されているのは,光速度で伝播する重力波をちゃんと捕らえられて いるということを示している。rが小さなところでずれているのは,その半径 が小さすぎるためである(本来,重力波は $r → \infty$で求めなければならな い)。
  
Figure 4: 放射される重力波のエネルギー。いくつかの半径の球面上で積分 したエネルギーを遅延時間 t - rの関数として示している。
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\epsfxsize=.75\textwidth \epsfbox{flux1.eps}
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以上の計算では,時間スライスの条件に「共形座標条件」と空間座標の条件に 「疑似最小ディストーション条件」を用いている。これらの座標条件を用いるこ とにより,ブラックホールが形成される際の特異点近傍で時間を進まないように することができると同時に,放射される重力波のエネルギーを精度良く計算する ことが可能となっている[6]。 しかし,この座標条件は,長い間時空の時間発展を追っていくと不安定性を発生 させる性質を持っていることが知られており,改善の余地が残されている。 また,この座標条件では,いくつかの準線形な楕円型の微分方程式を各時間ステッ プで解く必要がある。実は,計算時間の大半はこれらの楕円型方程式を解くこと に費されている。したがって,これを高速に解けるようにプログラムを最適化す ることが,同じ時間でより細い格子点を用いた高精度の計算をするためには必要 である。



Ken-ichi Oohara
1998-11-06