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3. 数値相対論

現在,欧米や日本で,レーザー干渉計を用いた重力波観測装置の建設が進められ ている[4]。 これらの装置の主なターゲットは, PSR1913+16のような中性子星あるいはブラックホールの二重星,つまり連星中性 子星や連星ブラックホールから放射される重力波である。 PSR1913+16が現在放射している重力波は非常に微弱で,計画されているレーザー 干渉計でそれを捕らえることは不可能である。しかし,PSR1913+16を構成する 2つの中性子星は,約3億年後に衝突して合体し,このとき強い重力波が放射され る。もちろん,われわれは3億年後の重力波を捕らえることを期待しているわけ ではない。広い宇宙全体では,このような連星中性子星は多数存在するはずであ る。どれぐらいあるのかを推定するのは簡単なことではないが,ある計算による と,1年に少なくとも1つの連星中性子星の合体による重力波の観測できるといわ れている[5]。

後述するように,連星中性子星が合体しブラックホールになる過程を追って,そ の際に放射される重力波を計算するためには,アインシュタイン方程式を初期値 問題として解く必要がある。これを解析的な計算ですることは不可能なので,数 値シミュレーションが必要である。これが,数値相対論と呼ばれているものであ る。

数値相対論の計算は,基本的に(ニュートン力学での)流体力学のシミュレーショ ンと同様の形式で行うことができるが,大きなちがいは,時空(時間と空間) にどのような座標系を設定するかということである。アインシュタイン方程式は, 一般共変性という,座標変換に対して不変な性質を持っている。これは,一般相 対論では,どのような時間と空間の座標系を用いてもよいということであるが, 数値計算で方程式を解く立場から見ると,どのような座標系を用いるのが適当か あらかじめ分らないということである。例えば,ある2つの出来事が,ある座標系 では同時(時刻tが同じ)に起ったことになるが,別の座標系では別々の時刻に 起ったように見えるということがある。つまり,t = 一定 の空間をどの ように設定するかは(ある条件のもとで)自由なのである。アインシュタイン方程 式を初期値問題として解くということは,ある時刻 t での物質の分布と それによる重力場を与えて,次の時刻 $t + \Delta t$ での物質や重力場 を解くことを繰り返して時間発展を追うということであるので,t = 一定の空 間を定めなければならない。数学的には,図1のように,4次元時空を 3次元の時間的超曲面で分割していくことで,時間スライスと呼ばれている。時 間スライスの取り方は,場所ごとでどのように時間を進めるかを決めるラプス関 数$\alpha$によって決定される。

  
Figure 1: 4次元時空の(3+1)次元形式による分割
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\epsfxsize=\textwidth \epsfbox{ADMc.eps}
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どのようにこれを決めるかは問題によって,また何を知りたいのかによって異る。 注意しないといけないのは,下手な座標系を選ぶと,タイムステップをいくら進 めてもある領域の実際の時間が全然進まなくなることである。逆に,ブラックホー ルが形成される場合,その中心では時空の曲率が無限大になる事象の特異点が発 生するが,特異点が発生すると数値計算が進められなくなるので, 図2のように,特異点ができそうな領域の時間が進まなくなるように 時間スライスを選ばなければならない。

  
Figure 2: ブラックホールができるときの時間スライス
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\epsfxsize=.75\textwidth \epsfbox{slicec.eps}
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連星中性子星の合体の問題では,時間座標の取り方だけでなく空間座標の取り方 にも注意が必要である。というのは,システムが角運動量を持っていると「時空 の引きずり効果」で見かけ上の特異点が発生することがある。 はじめまっすぐな座標系を張っていても,空間が巻き込ま れるため,座標系の歪が大きくなってしまうことがあり,それを避けるような座 標系を取らなければならない。これは,ひとつの時間的超曲面 と次の超曲面の間の空間座標のずれをあらわすシフトベクトル$\beta^i$を決め ることによってなされる。 また,時間と空間の座標の取り方(合わせて座標条件と呼ぶ)は, 放射される重力波が正しく計算できるかどうかとも密接に関わる重要な問題である。

具体的な計算手順は次のようになる[6]。 まず,アインシュタイン方程式 を,時間的超曲面上に射影した成分とそれに垂直な成分に分る。超曲面上 に射影した成分は,時間による微分を含まないので,束縛方程式と呼ばれる。一 方垂直な成分は時間微分を含み,重力場の時間発展を記述する方程式となる。こ れによって,4次元時空の方程式を時間(1次元)と空間(3次元)に分解したことに なり,(3+1)次元形式と呼ばれる。物質の運動については,エネルギー・運動量 テンソルの保存則から導出される一般相対論的なオイラー方程式によって記述さ れる。これは,ニュートン力学でのオイラー方程式と同様の形式をしているので, 非相対論的な流体力学の数値シミュレーションで用いられる手法を応用して解く ことができる。



Ken-ichi Oohara
1998-11-06