宇宙最初の星形成

西 亮一

(京都大学・大学院理学研究科・物理学第二教室・天体核研究室)
nishi@tap.scphys.kyoto-u.ac.jp

要約

z が 6 程度以上の時代は、明るい天体が発見されていないため、 宇宙の暗黒時代と呼ばれる。この暗黒時代に、宇宙最初の星形成は 起っていたはずである。本稿では、重元素のほとんど存在しない原始ガス雲の熱的、 力学的進化を追うことによって、最初の星形成はいつ、どんな天体の中で起きたか を調べる。そして、どんな星がどのように形成されたのかについて議論する。

1. はじめに

我々の宇宙を観測すると、遠方の天体は距離に比例して後退していることが わかる。これは、天体から放射された電磁波が赤方偏移していることから 確認される。このことは、宇宙はほぼ一様に膨張していることを示す。 そして、赤方偏移 z の時代には宇宙の大きさは現在に比べて 1/(1+z) であった ことになる。ところで、現在までに観測されている天体の赤方偏移 z は 5 から 6 程度以下である。それより以前の宇宙で電磁波により観測されているのは、 z が 10^3 程度の時代に形成された宇宙背景マイクロ波輻射のみである。 この輻射は、ビッグバン宇宙が膨張により温度が下がり、電子が原子核に結合できる ようになると宇宙が中性化し、輻射と物質の相互作用が非常に小さくなるために 輻射が自由に飛べるようになって形成される。z が 10^3 より大きい時代は宇宙が 光学的に厚いために、電磁波で観測することは不可能である。 ところが、z が 6 程度から 10^3 程度の間の時代では、 宇宙はほぼ透明で、電磁波による観測が可能であるにもかかわらず、 天体は観測されていない。そのためこの間の時代を宇宙の暗黒時代と呼ぶ。 しかし、z が 6 程度になると、すでに宇宙は再電離していることを筆頭に、 重元素がすでに存在することや、観測される銀河はすでに立派な銀河であること などの理由から、実は z が 5 程度になる以前に、 すでに天体は形成されているのではないか、と考えられてる。 つまり、まだ観測的に確認されていないだけで、 z が 6 程度以前でも暗黒時代は終了していると考えられるのである。 この天体は銀河が形成される以前の天体であり、初期には重元素が存在しない 原始ガスから形成されたと考えられる。

原始ガス中での星形成に関する研究は、ビッグバン宇宙モデルが確立した頃から 行われてきた^{1)}。しかし、計算機能力の不足や基礎物理過程が 充分解明されていなかったことなどから、不十分な解析に終わっていた。 近年、これらの問題は解消されつつある。 一方、近い将来、種々の光学、赤外、電波などの 大望遠鏡によって高赤方偏移天体が観測されることが期待される。 これらを背景として、宇宙の初期天体形成の研究が非常に進歩してきた。 本稿では、特に、宇宙最初の星形成について議論する。

2. いつ、どんな天体の中で最初の星形成は起きたのか?

観測から示唆されているビッグバン宇宙における密度ゆらぎは、 小スケールで大きな分散を持ったゆらぎであり、冷たい暗黒物質によつ 揺らぎ的なものである。 そのため、先に宇宙膨張から切り放されて収縮するのは小質量の天体であり。 その後、だんだん大質量の物体が収縮することによって銀河スケールの 天体が形成された、と考えられる。 ここで、問題にするのは星形成が実質的に起きる天体はどういう質量の 天体であり、星形成が起きるのはいつか、ということである。 これを決定するためには、ガスの冷却過程を調べる必要がある。 冷却が効かないガスはあまり収縮することができず、星まで進化することが できないためである。

2.1 冷却過程について

原始ガスには重元素が含まれていないため、水素分子の 振動・回転準位の励起による放射冷却が、星形成過程での重要な 冷却元となる。そのため、水素分子の生成および解離反応をきちんと 考察する必要がある。水素分子は双極子モーメントを持たないため、 気相での水素原子同士の衝突ではほとんど形成されない (そのため星間空間では固体微粒子上での形成過程が重要になる)。 そこで電子を触媒として水素分子を形成する過程が重要である。 解離反応は通常の衝突過程が重要で 2000 K 程度以上の高温で効いてくる。 もし水素分子による冷却が効かないと、ジーンズ質量は、 星の質量スケールを数桁上回る。 そのため、原始ガス雲中で星形成が有効に起きるためには水素分子による冷却が 必要なのである。

2.2 水素分子の形成

前述のように原始ガス中では電子を触媒にした水素分子形成が重要になる。 ところで、最初の星形成が起きると期待されるような小質量ガス雲は ビリアル温度が低いために、収縮終了時の衝撃波加熱が弱く、 電離が進行しない。そのため、触媒になる電子は 宇宙の再結合時に宇宙膨張のために取り残された電子であり、それによる 電離度は 10^{-3.5} 程度である。

ガス雲が収縮して密度が上昇すると、水素分子形成反応が進むと同時に 再結合による電離度の低下も進む。また、形成された水素分子によって 冷却が進むとガス雲自体の物理量が変化するので、そのことも考慮する 必要がある。この過程は非化学平衡過程であるが、 水素分子形成、解離のタイムスケール、 電子の再結合のタイムスケールおよび冷却のタイムスケールを比較することに よって形成される水素分子の量の推定は可能である^{2)}。 ここでは、10^{-3.5} の初期電離度の場合に形成される水素分子の量を ガス雲のビリアル温度に対して示した(図1)。 z が 100 以下で収縮したガス雲では z 依存性はほとんどない。 この段階で形成される水素分子の比率は最大で 10^{-4} 程度である。 また、ビリアル温度が 10^3 K以下の原始ガス雲では、 再結合反応が早く起きるので触媒の電子がなくなって、 ほとんど水素分子は形成されない。

図1:原始ガス雲がビリアライズしたときに、形成される水素分子比率。

2.3 冷却可能な原始ガス雲

次にいろいろな時刻(z)に収縮した、いろいろなビリアル温度を持った ガス雲に対して冷却時間を調べた(図2)。 ビリアル温度が約 10^4 K以上のガス雲は、 冷却時間は雲の自由落下時間より短い。この領域では水素原子に よる冷却が効いている。また、ビリアル温度が数千度の雲でも z_{vir}が数十から100程度の場合に冷却時間は雲の自由落下時間より短くなる。 ここでは、水素分子による冷却が非常に有効である。 低温、低密度(z_{vir}が小さい)の左下の領域ではハッブル時間内に 冷却できない。この領域の天体では星形成は起きない。それらの領域の 間には、自由落下時間では冷却できないが、ハッブル時間内には冷却可能な 領域が存在する。ここでも星形成は可能であると考えられる。

図2:原始ガス雲の進化。青い線の内側が冷却可能な、つまり星形成が 可能な領域である。 ガス雲の総質量を示す線(右上がりの直線)、 そして冷たい暗黒物質の揺らぎを示す線(緑色の曲線)も書いてある。

2.4 冷たい暗黒物質による天体形成

実際に、いつ、どんな天体の中で最初の星形成が起きたかを考察するためには 宇宙モデル、特に暗黒物質の揺らぎのスペクトルを決定する必要がある。 ここでは、銀河分布の観測などから示唆されている冷たい暗黒物質が 存在する場合について議論を行う。冷たい暗黒物質の場合には 小スケールで揺らぎの分散が大きい。そのため、宇宙初期では小スケールの 天体が最初に収縮する。このことは図2で冷たい暗黒物質の揺らぎの 1 sigma、2 sigma、3 sigma の線から具体的に調べることができる。 例えば、3 sigma の線を見れば、太陽質量の 10^4 倍程度の質量の天体は z が 50 以上の段階で収縮することがわかる。しかしこの程度の質量領域では、 冷却ができないため、星形成は起きない(図2の三角印)。 もう少し後になって収縮する太陽質量の 10^{5.5} 倍程度の質量の天体で はじめて冷却および星形成が可能になるのである(四角印)。ただ、この領域では 冷却に多少時間がかかり自由落下時間内に冷却が起きるわけではないので、 自由落下時間内に冷却可能な、太陽質量の 10^6 倍程度の質量の天体の 収縮が最初の星形成につながる可能性が高い。 つまり、このモデルでは z が 40 程度のときに太陽質量の 10^6 倍程度の質量の 天体の中で最初の星形成が起きると考えられる(丸印)。

3. 星形成コアの形成

原始ガス雲で充分冷却が効いて収縮する場合には、最終的に星が形成されるような コアがどのように形成されるかを議論する必要がある。 自己重力的な原始ガス雲は、まず重力不安定性によって平板状につぶれる。 平板状ガス雲は円柱状に分裂することが期待されるが、この円柱も重力的に 不安定で収縮する。収縮が進み冷却が遅くなると円柱が分裂して、星形成コアが 形成されると考えられる。星形成コアとなる最終分裂片の質量は、 初期条件によって異なるが、 円柱が充分高密度で分裂する場合には、密度や温度の依存性が全くなくなる ことがわかっている^{3)}。この場合には分裂片の質量は基本的には物理定数のみで 書くことができ、およそ m_{Pl}^3 / m_H^2 となる。ここで、m_{Pl} は プランク質量で m_{Pl} = (hc / G)^{1/2} である。つまり分裂片の質量スケールは、 係数の不定性が多少はあるが、本質的にはチャンドラセカール質量となるのである。 チャンドラセカール質量は白色矮星の最大限界質量として有名であるため、 この質量が出てくると縮退が起きていると誤解される場合があるが、 ここでは縮退は全く起きていない。 実際に、これらの物理定数がなぜ出てきたかを整理しておこう。 分裂、収縮は基本的に自己重力過程であるため、重力定数 G と質量を担っている 水素原子の質量 m_H が出てくる。また、冷却過程も重要であり、それも輻射冷却が 効いていることからプランク定数 h や 光速 c が出てくるのである。 このように分裂片の質量がチャンドラセカール質量で決まる質量スケールに なるのは、冷却が充分よくきいた場合であり、冷却効率が不十分な場合には 分裂片の質量はより大きなものになる。つまり、チャンドラセカール質量が 星形成コアの最小質量を決めるスケールになるのである。 数値シミュレーションによる研究からは、最初の星形成コアの質量は 太陽質量の 100 倍以上の大質量であることが推定されている^{4)}。 これは、暗黒物質の存在や初期密度が低いことなどの原因により、上記のような 理想的な状況にはならないためである。

4. 原始ガス中の星形成

それでは、星形成コアの収縮による星形成過程を調べよう^{5)}。 過去の原始ガス中の星形成過程の研究は一様密度の近似を用いたものが多かった。 ところが、高密度領域ほど重力収縮は早い。つまり密度の違いはどんどん 強められていくことになるのである。そこで、密度分布を考慮した解析が 必要である。この場合、必然的に温度も一様ではなく、輻射輸送を正確に 取り扱う必要がある。 コアの収縮による星形成過程でも水素分子からの輻射による冷却が重要である。 特に、高密度になると 3 体反応による水素分子形成や衝突誘起による 水素分子の連続波的な放射も重要になる。水素分子形成の 3 体反応が 有効になると、ほとんどの水素は分子に転換される。その質量は太陽質量程度 である。また、温度が 2000 K 程度以上になると水素分子解離の吸熱反応が重要な 冷却元となる。密度分布の進化の計算結果を示したのが図3である。 密度分布の形の時間発展はほとんどなく、収縮は自己相似的に起きることがわかる。 外層部の密度分布は等温ガスの収縮過程でよく知られている r^{-2} に比例した 分布よりすこし急で r^{-2.2} 程度の巾を持っていることがわかる。 これは図4からわかるように、ガスの温度進化が有効断熱指数が 1.1 に 近い状況で収縮が進行しているためである。 収縮が自己相似的になるために、中心部の高密度部分だけが収縮し、 周囲のガスは取り残される形で進化が起きる。そのため、星形成コアの 全質量は、中心部の進化にはほとんど影響しない。

図3:原始ガス中の星形成コアの重力収縮による密度分布の進化。数字は 時系列を示す。6 のあたりで中心に星的コアが形成される。

図4:(a)星形成コア収縮時の中心温度の進化。実線が図3に示した計算に 対応する。収縮が進むと初期条件の違いによる差はほとんどわからなく なる。中心温度はゆっくりと上昇した後、密度が 10^{20} cm^{-3} を越した あたりで急激に上昇する。 (b)密度変化に対する温度変化から見積もった有効断熱指数。多少の ふらつきはあるが、1.1 の近傍の値をとり続けているのがわかる。

中心密度が 10^{20} cm^{-3} を越すと、水素分子がすべて解離してしまって 冷却がきかなくなり、温度が急速に上昇して収縮が止る。その結果、星に進化 していく星的コアが形成される。形成時の星的コアの質量は太陽質量の 1 / 100 以下であり、この初期質量は現在の星形成の場合と同程度である。 それに対して、現在の星形成の場合と大きく異なるのは、質量降着率である。 ガスの冷却過程の効率が悪いために高温で収縮が起きることの反映として、 現在の星形成の場合より同じ質量で比較すると高密度である。そのため重力が 強く、質量降着率は 1000 倍以上も大きくなると予想される。 星的コアの初期質量は大きくはないが、非常に大きな質量降着率から 原始ガス中で形成される星は大質量になることが予想される。 また、重元素が存在しないためにガスの不透明度が小さく、 中心星からの輻射によって降着を終了させることが現在の星形成の場合に 比べて非常に困難であることも、大質量星が形成されるであろうことを 示唆する。しかし、星的コア形成後の進化の研究はまだ不十分であり、 今後の詳細な研究が必要である。

また、最初に形成される星が大質量星であるとすると、その星からの紫外線の 影響によって周囲の水素分子が破壊されて、それ以降の星形成を阻害したり^{6)}、 星の進化の最終段階で超新星爆発を起こして、周囲のガス雲を破壊したり することが起きる。例えば、図2の 10^{51} erg、10^{52} erg 線の下側の領域は それぞれのエネルギーを持った超新星爆発の影響によって周囲のガス雲が 破壊されるであろう領域である。そのため、多数の星が形成されて明るい天体に 進化するための条件は、総質量が太陽質量の 10^{7.5} 倍程度以上必要であると 考えられる^{2)}。

参考文献

1) Matsuda T., Sato H., Takeda H., 1969, Progress of Theoretical Physics 42, 219

2) Nishi R., Susa, H., 1999, ApJ 523, L103

3) Uehara H., Susa H., Nishi R., Yamada M., Nakamura T., 1996, ApJ 473, L95

4) Abel T., Steebbins, A., Anninos, P., Norman M.L., 1998, ApJ 508, 530

5) Omukai K., Nishi R., 1998, ApJ 508, 141

6) Omukai K., Nishi R., 1999, ApJ 518, 64

(この文章は、天文月報2001年8月号338ページから343ページに掲載された ものであり(一部改変)、著作権は日本天文学会に帰属します。)


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