(京都大学・大学院理学研究科・物理学第二教室・天体核研究室)
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原始ガス中での星形成に関する研究は、ビッグバン宇宙モデルが確立した頃から 行われてきた^{1)}。しかし、計算機能力の不足や基礎物理過程が 充分解明されていなかったことなどから、不十分な解析に終わっていた。 近年、これらの問題は解消されつつある。 一方、近い将来、種々の光学、赤外、電波などの 大望遠鏡によって高赤方偏移天体が観測されることが期待される。 これらを背景として、宇宙の初期天体形成の研究が非常に進歩してきた。 本稿では、特に、宇宙最初の星形成について議論する。
2.1 冷却過程について
原始ガスには重元素が含まれていないため、水素分子の 振動・回転準位の励起による放射冷却が、星形成過程での重要な 冷却元となる。そのため、水素分子の生成および解離反応をきちんと 考察する必要がある。水素分子は双極子モーメントを持たないため、 気相での水素原子同士の衝突ではほとんど形成されない (そのため星間空間では固体微粒子上での形成過程が重要になる)。 そこで電子を触媒として水素分子を形成する過程が重要である。 解離反応は通常の衝突過程が重要で 2000 K 程度以上の高温で効いてくる。 もし水素分子による冷却が効かないと、ジーンズ質量は、 星の質量スケールを数桁上回る。 そのため、原始ガス雲中で星形成が有効に起きるためには水素分子による冷却が 必要なのである。
2.2 水素分子の形成
前述のように原始ガス中では電子を触媒にした水素分子形成が重要になる。 ところで、最初の星形成が起きると期待されるような小質量ガス雲は ビリアル温度が低いために、収縮終了時の衝撃波加熱が弱く、 電離が進行しない。そのため、触媒になる電子は 宇宙の再結合時に宇宙膨張のために取り残された電子であり、それによる 電離度は 10^{-3.5} 程度である。
ガス雲が収縮して密度が上昇すると、水素分子形成反応が進むと同時に 再結合による電離度の低下も進む。また、形成された水素分子によって 冷却が進むとガス雲自体の物理量が変化するので、そのことも考慮する 必要がある。この過程は非化学平衡過程であるが、 水素分子形成、解離のタイムスケール、 電子の再結合のタイムスケールおよび冷却のタイムスケールを比較することに よって形成される水素分子の量の推定は可能である^{2)}。 ここでは、10^{-3.5} の初期電離度の場合に形成される水素分子の量を ガス雲のビリアル温度に対して示した(図1)。 z が 100 以下で収縮したガス雲では z 依存性はほとんどない。 この段階で形成される水素分子の比率は最大で 10^{-4} 程度である。 また、ビリアル温度が 10^3 K以下の原始ガス雲では、 再結合反応が早く起きるので触媒の電子がなくなって、 ほとんど水素分子は形成されない。
図1:原始ガス雲がビリアライズしたときに、形成される水素分子比率。
2.3 冷却可能な原始ガス雲
次にいろいろな時刻(z)に収縮した、いろいろなビリアル温度を持った ガス雲に対して冷却時間を調べた(図2)。 ビリアル温度が約 10^4 K以上のガス雲は、 冷却時間は雲の自由落下時間より短い。この領域では水素原子に よる冷却が効いている。また、ビリアル温度が数千度の雲でも z_{vir}が数十から100程度の場合に冷却時間は雲の自由落下時間より短くなる。 ここでは、水素分子による冷却が非常に有効である。 低温、低密度(z_{vir}が小さい)の左下の領域ではハッブル時間内に 冷却できない。この領域の天体では星形成は起きない。それらの領域の 間には、自由落下時間では冷却できないが、ハッブル時間内には冷却可能な 領域が存在する。ここでも星形成は可能であると考えられる。
図2:原始ガス雲の進化。青い線の内側が冷却可能な、つまり星形成が
可能な領域である。
ガス雲の総質量を示す線(右上がりの直線)、
そして冷たい暗黒物質の揺らぎを示す線(緑色の曲線)も書いてある。
2.4 冷たい暗黒物質による天体形成
実際に、いつ、どんな天体の中で最初の星形成が起きたかを考察するためには 宇宙モデル、特に暗黒物質の揺らぎのスペクトルを決定する必要がある。 ここでは、銀河分布の観測などから示唆されている冷たい暗黒物質が 存在する場合について議論を行う。冷たい暗黒物質の場合には 小スケールで揺らぎの分散が大きい。そのため、宇宙初期では小スケールの 天体が最初に収縮する。このことは図2で冷たい暗黒物質の揺らぎの 1 sigma、2 sigma、3 sigma の線から具体的に調べることができる。 例えば、3 sigma の線を見れば、太陽質量の 10^4 倍程度の質量の天体は z が 50 以上の段階で収縮することがわかる。しかしこの程度の質量領域では、 冷却ができないため、星形成は起きない(図2の三角印)。 もう少し後になって収縮する太陽質量の 10^{5.5} 倍程度の質量の天体で はじめて冷却および星形成が可能になるのである(四角印)。ただ、この領域では 冷却に多少時間がかかり自由落下時間内に冷却が起きるわけではないので、 自由落下時間内に冷却可能な、太陽質量の 10^6 倍程度の質量の天体の 収縮が最初の星形成につながる可能性が高い。 つまり、このモデルでは z が 40 程度のときに太陽質量の 10^6 倍程度の質量の 天体の中で最初の星形成が起きると考えられる(丸印)。
図3:原始ガス中の星形成コアの重力収縮による密度分布の進化。数字は
時系列を示す。6 のあたりで中心に星的コアが形成される。
中心密度が 10^{20} cm^{-3} を越すと、水素分子がすべて解離してしまって 冷却がきかなくなり、温度が急速に上昇して収縮が止る。その結果、星に進化 していく星的コアが形成される。形成時の星的コアの質量は太陽質量の 1 / 100 以下であり、この初期質量は現在の星形成の場合と同程度である。 それに対して、現在の星形成の場合と大きく異なるのは、質量降着率である。 ガスの冷却過程の効率が悪いために高温で収縮が起きることの反映として、 現在の星形成の場合より同じ質量で比較すると高密度である。そのため重力が 強く、質量降着率は 1000 倍以上も大きくなると予想される。 星的コアの初期質量は大きくはないが、非常に大きな質量降着率から 原始ガス中で形成される星は大質量になることが予想される。 また、重元素が存在しないためにガスの不透明度が小さく、 中心星からの輻射によって降着を終了させることが現在の星形成の場合に 比べて非常に困難であることも、大質量星が形成されるであろうことを 示唆する。しかし、星的コア形成後の進化の研究はまだ不十分であり、 今後の詳細な研究が必要である。
また、最初に形成される星が大質量星であるとすると、その星からの紫外線の 影響によって周囲の水素分子が破壊されて、それ以降の星形成を阻害したり^{6)}、 星の進化の最終段階で超新星爆発を起こして、周囲のガス雲を破壊したり することが起きる。例えば、図2の 10^{51} erg、10^{52} erg 線の下側の領域は それぞれのエネルギーを持った超新星爆発の影響によって周囲のガス雲が 破壊されるであろう領域である。そのため、多数の星が形成されて明るい天体に 進化するための条件は、総質量が太陽質量の 10^{7.5} 倍程度以上必要であると 考えられる^{2)}。
参考文献
1) Matsuda T., Sato H., Takeda H., 1969, Progress of Theoretical Physics 42, 219
2) Nishi R., Susa, H., 1999, ApJ 523, L103
3) Uehara H., Susa H., Nishi R., Yamada M., Nakamura T., 1996, ApJ 473, L95
4) Abel T., Steebbins, A., Anninos, P., Norman M.L., 1998, ApJ 508, 530
5) Omukai K., Nishi R., 1998, ApJ 508, 141
6) Omukai K., Nishi R., 1999, ApJ 518, 64
(この文章は、天文月報2001年8月号338ページから343ページに掲載された ものであり(一部改変)、著作権は日本天文学会に帰属します。)